蔵王の地こそ長岡発祥の地

蔵王の地には今でも「蔵王様」と呼ばれるお屋敷(公園の一つのようです)があります。金峯神社が中心にあって、少し左側(信濃川寄り)に安禅寺があります。その周りの一部、半分位が堀と土塁に囲まれており、金峯神社の参道の両側と一部には巨大な欅が並んでいます。緑濃く木陰は涼しく森林浴には最高です。街中で、たくさんの住宅や北越製紙などの工場と接していますが、入ったとたん別世界に紛れ込んだ錯覚になります。    

長岡の地は地形的には信濃川と魚野川が合流して流れ落ちたところにできた平野です。そのため低湿地帯で一面の葦が生い茂る沼地で八町潟などの沼や池の多い耕作不能で、人の住めるような場所は、ところどころにできた少し高台の岡(丘)だけでした。事実、全国的に有名な火炎土器(縄文時代)などの出土した地域は西山丘陵地帯ですし、東山の向こう側の小高い盆地の栃尾に鎌倉初期と思われる静御前の墓(地元では)があります。

そんな低湿地の長岡にも時代が下ると、山裾や自然堤防上には人が住み着くようになったようです。平安中期から後期にかけて、武勇で名高い八幡太郎義家が遠征の折、病で苦しんでいたのを東山裾の乙吉の住民に介護されたという記録が残っていますし、信濃川と柿川が交わる「俣倉(後の蔵王)の地に砦が作られた」などという文書も出ています。

ところで、この「俣倉」という地名は「又倉」とも書きます。又倉は出産をあらわし、子孫繁栄にも繋がり、俣倉の砦は産土神(ウブスナガミ)の信仰の地、すなわち産土神の又倉神社の一つに数えられ、修験僧(今の山伏)が方々から集まるところとなりました。こうして俣倉の砦は修験僧の住まう砦で「蔵王堂城」と呼ばれ、地名も蔵王が一般的になっていくのでした。

さらに時代が下って南北朝の動乱期には、蔵王堂城を巡る争いが歴史書に書かれています。「南朝の武将の支配だったものが北朝側に乗っ取られた」とか「逆に北が破れ南になった」などの記述があります。でもだんだん北朝の武将が優勢になりましたが、戦国時代には武将、古志長尾の城下になっていきました。戦国も終わり、越後の支配者、上杉景勝が会津に移封されると、堀一族が入ってきて、蔵王堂城は堀直寄が治めることになりました。

ところで蔵王の地は、今でもすぐ側を信濃川が流れています。信濃川は、江戸時代にはほぼ3年一回洪水を起こすほどの暴れ川でした。大氾濫で流れを全く変えるほどのこともあって、蔵王の地が洗われる事態もあったようです。郷土研究グループの発表によると、少し古い地図ですが今の長岡大橋の西側、造形大学に近い河川敷にですが、しっかり蔵王という地名が残っているそうです。たぶんかつてはその辺まで蔵王様の敷地があったのではないかというのです。確かに金峯神社や安禅寺のある場所は右側は広くゆったりしていますが、左側は狭く窮屈な感じはします。    

さて話を戻しますが堀直寄は蔵王堂城では、水害を守り切れないし狭すぎるとして、城の移転を決意したのでした。新たなお城は、蔵王堂城の北側、信濃川に沿うように長く盛り上がっている岡の上に作ろうとしたのです。そのお城は長岡城で、その敷地は江戸城の広さに匹敵するほどにしようというものでした。だがその野心が見抜かれたのか、堀直寄は村上に移封されてしまったのです。

代わりに入封してきたのが牧野忠成でした。牧野家になっても城造りは続き、牧野家の長岡藩も長岡城も幕末まで続きました。その一方、蔵王堂城は廃城になりましたが、蔵王権現社という神仏混合の道場は存続しました。特に、蔵王権現社の一角に妙徳院(二人の白狐を参考)が住む庵が設けられたことによって大繁盛し、住民に蔵王様と慕われ続けるのでした。江戸時代、妙徳院の住む蔵王権現社は、その所領は三千石ともいわれ、江戸上野の寛永寺の管轄地という幕府の計らいもあって、安禅寺も塔頭の一つとして隆盛を誇っていました。

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    The-Oh (木曜日, 08 12月 2016 23:18)

    近世黎明 ≪堀直竒と新潟≫ 展が12月10日⇒1月29日まで 新潟市歴史博物館で開催されます。
    今年、蔵王堂八万石の城主 堀直竒が越後に入部し、新潟を領有してから400年目を迎えます。直竒が行った政策のひとつに漁村に等しい新潟湊の発展や農村における新田開発や町造りをし、商人を入れて立派な湊町に作り上げ、、新潟湊と信濃川中流の蔵王に舟を用意し、互いに上下させて魚沼に至る物資を運ぶ通運「長岡船道」の組織を完成させた。直竒は、城下町長岡と湊町新潟の礎を築いた人物と評される。直竒の越後入部400年を機に、堀直竒や直竒の生きた時代の新潟について、古文書や絵図、絵画など展示されます。是非この機会に蔵王堂城主・長岡城築城主 堀直竒公の足跡を「新潟市歴史博物館」で観てください。
    【問い合わせ】新潟市歴史博物館 ℡025-225-6111