安禅寺のモモンガ事件

 

今、蔵王様という呼び名で親しまれている敷地(境内)の中に、安禅寺と金峯神社は別々の建物で存在しています。見た目には安禅寺は寺院とは思えず、立派な堂々とした金峯神社の左奥に、「何でこんな古っぽい平屋があるの?」という感じです。

そもそも蔵王様は、室町時代から戦国時代にかけて蔵王堂という砦があったところ。その後、堀直竒が蔵王堂城とし、江戸時代には蔵王権現という“神仏混合”の修行道場となりました。ところが明治維新で王政復古、「神仏混合などもっての外」で、神社と寺院とに分離させられました。神道としての金峯神社は保護され今日まで隆盛を誇っています。一方の安禅寺は仏教、保護どころか廃仏毀釈の嵐、檀家のない天台宗も災いし、廃寺となり荒れ放題に・・・。

 

何とか明治19年に安禅寺が再興できたのは別当、三芳野千春の献身的な努力の賜物、でも運営はかなり厳しかったようです。三芳野氏亡き後から今日までは、ひたすら地元の有志の頑張りで維持されています。敷地の草取り、建物の修復などの労働奉仕や維持のための資金集め・・・と、本当に頭が下がります。

 

ところでこの敷地というか境内には、今でも欅の巨木が何本もあります。今は切り株だけの残骸ですが、ひときわ巨大さを感じさせるものです。まだしっかりその切り株が存在するということは、その大木が命を亡くしてまだ数十年ほどしか経っていない証拠でもあります。何でも存在時の大木は神木として〆縄が張り巡らされ、樹芯は空洞、それにまつわる面白いお話を一つ。

 

たくさんの欅の中、その中でもひときわ目を引く大木の、その根元に「大きな空洞」がありました。夜な夜な、丑三つ時に、その洞穴から「ウーン、ウーン」と唸り声。なにせ樹齢数百年か千年かという老木のこと「きっと霊魂に違いない!!!」と大騒ぎ。その音は高低差のある音、少しでも周りで騒ぐとピタリと止む不思議さ、北越新聞や越佐新聞が写真入りで書きたてる。こういった騒ぎに識者は「木の洞穴に巣食う動物の鳴き声が洞窟に響いて反響する音では?」と。でも一般大衆はあくまで老木の霊魂説。騒ぎが大きくなって、ついに警察立会いの下「松葉いぶし」。いぶりだしで「モモンガ二匹が飛び出し」、けりがついた。その後、老木の唸り声はピタリと止み、境内は元の静けさに(以上、山口充一氏の「郷土ながおか」より)。

 

今では、神木は根っこのみ、誰もモモンガ事件知らず、近くの幼稚園の音のみ~~~

コメントをお書きください

コメント: 1
  • #1

    The-Oh (水曜日, 08 6月 2016 22:49)

    蔵王堂城跡の堀の傍らにある欅の老巨木は天然記念物で、欅の巨木としては栖吉の大欅とともに長岡市内でも指折りの巨木である。推定樹齢七百~八百年といわれ、幹の周囲が8.4メートルもあり、樹芯は空洞になっており数名の人達が入れる位の広さがある。いまだ境内の数ある欅の中で一番に春の若葉が薫り古き姿をほとんどそのままとどめ、蔵王堂における戦乱の歴史をくぐりぬけてきた老木は神秘な神木として、人々のいとなみを静かに見守り続けている。

    ≪ 願い地蔵 ≫
     蔵王毘沙門堂の堂内の西側に二尺足らずの小さな石地蔵像があり、願いをかけて両腕で持ち上げることができれば祈願成就し、あがらなければ不成就といわれ、嘉永三年七月の古文書にも残されている。
     桜の満開の頃、その「願い地蔵」を女子高生が一生懸命持ち上げ様としている、聞くと初詣の折に希望の高校に入れるよう願いをかけ持ち上げたら、みごと成就したので御礼に来て、今度はすてきな彼氏ができ25歳までに結婚できるよう願いをかけ持ち上げ様と必死に奮闘中とのこと。
    あなたも願いをかけ持ち上げてみては、きっと願いが叶うかも…